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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)715号 決定 1990年6月28日

当事者

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  申請人が平成二年一二月三一日までの間、被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、金一一八万一九七九円を仮に支払え。

三  被申請人は申請人に対し、平成二年六月二一日から同年一二月三一日まで、ただし、平成二年一二月三一日以前に第一審の本案判決の言渡しがなされた場合にはその日まで、一カ月金三八万六四〇七円の割合による金員を、平成二年七月二四日を初めとして毎月二四日限り仮に支払え。

四  その余の請求を却下する。

五  申請費用は、被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取扱い、且つ申請人に対して、平成二年二月一三日以降毎月二四日限り金三八万六四〇七円を仮に支払え。

2  申請費用は、被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  本件仮処分申請を却下する。

2  申請費用は、申請人の負担とする。

第二当事者の主張の要旨

一  申請の理由

1  被保全権利

(一) 被申請人は、一般旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社である。

(二) 申請人は、昭和五二年一〇月、被申請人に入社し、後記(三)記載の処分当時同社の(南営業所)大阪市西成区南津守二-一-二〇に勤務し、バス運転手として稼働していた。

(三) 被申請人は、申請人に対し平成二年二月四日、「申請人は、平成二年一月一日をもって就業規則一四条に定める定年である満五五歳に達し、その旨を同年一月一三日に通知したため、その通知より三〇日後の同年二月一二日をもって解雇する」旨の処分をなした。

(四) しかし、以下の理由により本件解雇は無効である。

(1) 被申請人の就業規則では、満五五歳をもって定年とする旨の規定が存するが、右就業規則が実施された昭和五二年三月一日以降も被申請人では、満五六歳をもって定年とする取扱いがなされており、満五六歳をもって定年とする労働慣行が成立し、それが労働契約の内容となっている。

(2) 仮に前記労働慣行が成立していないとしても、被申請人は、右就業規則が実施された以後においても、満五五歳に達した就労者に対しては同人が希望する限り解雇の通知をなさず、満五六歳に達するまで正社員として就労させることを容認していた。申請人は、満五五歳以後も就労を希望し、バスの運転手としての適性・資質にも問題はないのに、満五五歳をもって定年解雇したことは被申請人が裁量を誤ったものであって、解雇権の濫用にあたる。

(3) 本件解雇は、申請人が全国自動車交通労働組合総連合会大阪地方連合会(以下「自交総連」という)を上部団体とする労働組合の役員であることを嫌悪してなされた不当労働行為である。

(五) 申請人が、被申請人より支払いを受けていた基本給、資格手当、精勤手当、扶養手当等の総支給額の前記解雇処分がなされた平成二年二月を除く解雇前三カ月間の平均額は、金三八万六四〇七円であり、被申請人の申請人に対する賃金支給日は毎月二四日であるので平成二年二月一三日以降毎月二四日には少なくとも右金額の支払い請求権を有する。

2  保全の必要性

申請人は、被申請人に対し、本件処分の無効を争い被申請人の従業員としての地位確認を求める本訴を準備中であるが、申請人は、被申請人から支給される賃金のみで生計を支えており、平成二年二月一三日以降は、解雇により収入の途をとざされており、これらの状況からすれば、申請人は、前記本案判決の確定を待っていたのでは回復できない損害を被る恐れがある。

二  申請の理由に対する被申請人の認容・主張

1  申請の理由1の(一)、(二)については認める。

2  同(三)については、記載の理由で解雇がなされたことは認めるが、右解雇を処分であるとする点は争う。

3  同(四)の(1)については否認する。

4  同(四)の(2)(3)について解雇権の濫用ないし不当労働行為であるとの主張は争う。被申請人の就業規則では定年が満五五歳とする旨定められているが、従前より顧客から苦情が多い、事故が多いなど勤務に問題のある者については、右就業規則どおり満五五歳をもって正社員の身分を失なっている。本件申請人についても以下のように、顧客から苦情を受けることなどが多かったことから、右就業規則の定めどおりの取扱いとなったものである。

(一) 昭和五九年一〇月二〇日、同月二一日の両日(客名、住友信託銀行)

運転走行中に歌詞を見ながらカラオケを数曲歌うといった安全軽視の行動をとり、客先より苦情を受けた。

(二) 昭和六一年二月二二日(客名、蔦の会)

乗客に対して命令口調でモノを言い、同人が後部座席のゴミを片付けた際に乗客が「すみません」と言っても何も言わないなど無愛想な態度を取ったことなどから添乗した旅行業者より苦情を受ける(なお、右添乗員の話では、乗客より「以後東豊観光は使わない」といった手厳しい叱責をうけたとのことである)。

(三) 昭和六一年三月一六日、同月一七日の両日(客名、旭メリヤス)

乗客に対して「タバコは一人一本」「ゴミを下に落とすな」などといった発言をしたうえ、聞こえよがしに「今回の客は最低である」と言うなどしたため、雰囲気が悪かったとして苦情を受ける。

なお本人は上司から注意を受け、「今度の運行中私の言動がお客様に不快感を与えてしまったことに対し深く反省しております。」「今後はプロドライバーとしての言動を慎しみ十分注意してまいります決意でございます。」「何とぞ寛大なる処置をお願い申し上げます。」と述べているところである。また、この件については、上司が同道のうえ客先に謝罪に赴いているところである。

(四) 昭和六一年一〇月一八日、同月一九日の両日(客名、幸福相互銀行)

同旅行の世話をした旅行業者より、同人の仕事ぶりについて次のような苦情が寄せられた。

◎配車地において業者が「御苦労さん」と言っても、返事もしない。

◎割込み車などがあると相手の車に寄せる様な運転があり、こわかった。

◎運転が荒く女性客がこわがった。

◎亀岡の乗船場で降車した際、嵐山で下船した後のバスの乗場を伝えないまま発車してしまったため、幹事が探しまわらなければならなかった。

◎車中での麻雀、カラオケなどの設備の使用について配慮に欠けた。同業者からはこれでは今後東豊観光は利用できないとの厳しい叱責を受けたため、奥田営業部長が右客先および業者に赴き、謝罪につとめた次第である。

(五) 昭和六三年五月一七日、同月一八日の両日(客名、三東会)

同人は、右両日ゴルフ旅行の仕事で乗務した際、行先のゴルフ場までの道順について事前に調べておくことを怠り、乗客に道順を尋ねるといった失態を演じたため、乗客より厳しく叱責された。また、時間的に十分な余裕があったにもかかわらず、「早く行かなければ間に合わない」とせかし、更にゴルフ終了後クラブハウス前までバスを移動するよう言われてもこれに応じず「バスの方まで来てくれ」などという有様であったため、苦情を受けた。会社に担当者が右客先ならびに旅行業者(高島屋旅行サロン)に謝罪のため赴くなどしたが、結局、同旅行業者の仕事は以後途絶えることとなった。

(六) 昭和六三年九月二三日、同月二四日の両日(客名、伸尚)

旅館に到着後、旅館の食事の用意が遅いからといって、旅館に連絡なく外で食事を済ませる。旅館側は入浴後に食事をするものと思い同人の都合を聞きに行くと「外で食べてきた」と怒鳴ったうえ、旅館側が気を使って渡そうとした食事代を断るなど一悶着を起こしている。業者からは「乗務員の宿泊代はお客さんが負担しているもので行きすぎである。」「前も坂乗務員と同行したが印象がよくなかった。」「今後東豊観光を利用する場合は乗務員さんの指名をしなければ心配である。」といった指摘を受けているところである。

(七) 平成元年一〇月二七日(客名、大阪イズミ市民生協上之島支部)

同日午前九時五分頃、外環状線東大阪弥生町地先において走行中に急ブレーキをかけたため、乗客三名が負傷するという事故を発生させた。事故後、右生協上之島支部長より、同人に謝罪の姿勢がなく「自分の子供はしっかり抱いておいて下さい」「担当車でないため慣れていなかった」などの責任転稼の発言があった旨の叱責を受けている。なお事故後、会社の担当者が生協の担当者三名とともに乗客一四名を訪問し謝罪にまわっている。

5  申請の理由1の(五)について、被申請人が申請人に対し支払っていた賃金の総支給額について、平成元年一一月から平成二年一月までの平均が申請人主張の額であることは認めるが、申請人が被申請人に対し、当該金額の支払い請求権を有することについては争う。

6  申請の理由2の保全の必要性については争う。

三  申請に理由に対する被申請人の認容・主張4に対する申請人の主張

1  申請人は二一団体にも及ぶ固定客を有しており、これらの団体は平均して年に一度は申請人を特別に指名して被申請人を利用しており、これらの諸団体が被申請人を利用しているのは専ら、申請人の観光バス運転手としての姿勢・努力に共感しているからである。

2  被申請人は、申請人に昭和五九年より二五人乗りサロンカーを配車してきたが、この車両は、当時導入車の内の最新且最上級の設備を有した車両であった。被申請人がこのような車両を申請人に付与したのは、被申請人が申請人の実績を評価していたからである。

3  被申請人の主張事実に対する反論

(一) 客名、住友信託銀行の事実について

運転中に申請人が歌を歌ったことは事実であるが、これは顧客より歌うように強く求められたからである。前述のように、このようなサービスにより客を楽しませ、申請人は多くの固定客を獲得している。

(二) 客名、蔦の会の事実について

トイレ休憩の際、客がゴミを袋に入れず店に散らかしていたので、申請人が掃除をした。申請人は客に気持ちよく旅行してもらうために車内の清掃には人一番(ママ)気を使っている。この旅行の終了時に蔦の会の会長より五〇〇〇円の謝礼を受け取っており、本件について大きな問題があるとは思えない。又、旅行業者との関係についても、本件の後である昭和六三年二月一八日、一九日に、下呂温泉一泊旅行を申請人指名で受注している。

(三) 客名、旭メリヤスの事実について

車内換気の為、申請人は「タバコの本数が多いから窓をあけて下さい。タバコは普通の本数より一本ずつ減らして下さい、ゴミは出来るだけ袋に入れて下さい。」と言ったまでのことである。狭い車内のことでもあり、常識的な注意である。当然、この注意に対して顧客からの反発はなかった。

(四) 客名、幸福相互銀行の事実について

(1) 業者のあいさつには頭を下げて返事をしている。

(2) 阪神高速出口から、五、六キロメートルはラッシュで交通渋滞をしていた。時間が遅かったため近道をし、曲がりくねった満月峠を通ったため、女性客の方がこわかったのかもしれない。

(3) 嵐山下船後のバス乗場については、幹事に知らせていた。

(4) 麻雀については、定員(二五名)一杯の乗客であったため物理的に困難であったため「やりずらいですよ。」と言ったまでである。

(五) 客名、三束会の事実について

(1) 事前にゴルフ場までの道順は調べていたが、宅地造成のため道順が変化していた。その為幹事と相談をして、ガソリンスタンドで道順を尋ねたがわからなかった。乗客より叱責された事実はない。又、「早く行かなければ間に合わない」などとは言っていない。十分な余裕があれば、こんなことを言う筈がない。

(2) クラブハウス前が他車の駐車で一杯であったため、回送途中手を出して「行けそうか」確かめようとしたのを客が「来い」と誤解したものと思われる。結局そのままクラブハウス前までバスを移動させており客よりの苦情はなかった。

(3) 本件以降も申請人は平成元年五月一〇日、同年一二月一四、一五日の二回、高島屋旅行サロンの仕事をしており、この二回目は同社より申請人を指名している。

(六) 客名、伸尚の事実について

(1) 乗務員用の部屋で待機していたが、午後八時になっても食事が出なかったため外出して食事をした。外出後戻ると旅館の人が食事の用意をしようとしていたが、既に済ましていたため丁重に断ったまでである。

(2) 食事代については、一度断ったが、せっかくであり、三〇〇〇円を受けとった。

(七) 客名、大阪イズミ市民生協上之島支部の事実について

(1) 交通渋滞の為、徐行中に三台前の車がブレーキをかけたため順次後続車がブレーキをかけ、申請人もやむをえずブレーキをかけ停止した(急ブレーキではない)。

(2) その為、幼児が母親のひざに抱かれており、ブレーキの反動で前方の席に額をぶつけ僅かに出血をした。申請人はその場から幼児を病院に連れて行き、診察を受けてもらった。医師の診断では打撲以外に別状はないとのことであった。

(3) 申請人は、再びバスに戻り、マイクで謝罪するとともに他の乗客に負傷の有無を確認したが、その場では、他の客は大丈夫であるとのことであった。

第三当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  当事者

申請の理由1(一)、(二)の各事実については当事者間に争いはない。

2  定年を理由とする解雇の効力

(一) 当事者間に争いのない事実および本件疎明資料並びに審尋の全趣旨(以上を含めて「本件疎明資料」ということがある)によれば、次の事実が一応認められ、これに覆すに足りる疎明はない。

(1) 就業規則の内容

昭和五二年三月一日以後実施されている被申請人の就業規則は、一四条において、「定年は満五五歳とする。」旨、一三条において、「定年に達したときは三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給して解雇する。」旨それぞれ規定され、定年を満五五歳とするいわゆる定年解雇を定めている。

(2) 現在までの従業員に対する処遇

被申請人において、昭和五九年から現在までに満五五歳を迎えた従業員で申請人を除いた八名の内、満五五歳をもって定年と扱われた者は、申請外白木源一(以下「申請外白木」という)のみである(しかも同人は、満五五歳以後嘱託雇用されている)。

すなわち、他の七名のうち、申請外小畑圭三、同田辺幸雄、同富田大三郎、同上田久雄については満五六歳まで、同下浦昭道については満五六歳の前日までそれぞれ正社員としての身分が継続され、平成二年一月六日に満五五歳を迎えた同田中光喜は、特に審査されることなく引き続いて正社員として勤務しており、また、平成二年二月一一日に満五五歳を迎えた同山本巌(以下「申請外山本」という)は、後記の経緯によって正社員として現在勤務している。

(3) 団体交渉等の際における定年問題についての労使双方の発言等

<1> 東豊観光労働組合(以下「組合」という)は、昭和六三年三月二三日結成され、同年八月八日の第一回団体交渉の際、組合から五八歳までの定年延長の要求が出されているが、それに対して申請外被申請人社長山田安章(以下「申請外社長」という)は、「将来は関連会社等を充実し、受け皿作りが出来た時点で定年延長のはっきりした数字を出す。」旨発言し、また、その後も労使協議会、団体交渉等の度ごとに毎回のように定年延長問題が議題となっているが、それらの際にも明確な進展はなかった。

<2> 申請外白木が満五五歳をもって定年と扱われた際、平成元年一月一八日の執行委員会、同月二七日の労使協議会の議題となったようであるが、明確な回答も無いままに、その後は議題とはならなかった。

<3> 申請人と申請外山本に対し、被申請人から後記のとおり解雇予告がなされた際、平成二年一月一九日の執行委員会において、自交総連の組合員であるというだけで、満五六歳一月前まで正社員の身分を認めるとの職場の慣例を無視した行為であることを確認し、仮に五五歳で解雇ということになれば地位保全の仮処分で争うことを確認した。

<4> 平成二年二月一四日の団体交渉の際、申請人の解雇の問題が議題となり、申請外社長は、「闘う労組員は一切当社に無用である。職場の既得権は一切認めない。自交組合員は会社に貢献しない。自交総連はぶっつぶしたい。会社に必要ない。一切の妥協もしない。申請人の問題は既得権で争うので公の判断をあおぐ。」旨発言している。

(4) 申請人が解雇通知を受けるに至る状況

<1> 申請人は、組合が結成されて以来、組合の執行委員を務めていた。

<2> 平成元年一二月二六日組合の定期大会において、自交総連に加盟することを決定、平成二年一月一二日同連合に正式加盟し、その旨を被申請人に通知した。

<3> 平成二年一月一五日申請人は、申請外被申請人人事課長三浦忠(以下「申請外三浦」という)から「申請人が平成二年一月一日に就業規則に規定されている満五五歳の定年になった。」旨の同月一三日付「通知書」と題する書面を受け取り、その時、申請外三浦から「自交の組合員であるなら会社をやめてもらいますと社長から伝言です。」と言われた。

<4> 平成二年一月一四日申請外山本は、申請外被申請人常務山田から電話にて、「同年二月一〇日で定年になるので組合に入っていれば退職させる」旨勧告を受け、同月一六日申請外山本は、申請外社長及び同三浦と話し合いを行い、申請外社長は「あなたは二月一一日で定年となるが、自交総連の組合員であれば、この二月一一日で退社してもらう」旨述べ、これに対して同山本は「そうですか、では脱退します。」旨回答したところ、同社長は、同山本に対する定年通知を撤回した。

<5> 平成二年一月一八日申請外前川憲彦らによって全東豊職員組合(以下「職員組合」という)が結成された。

<6> 平成二年一月二四日組合は、被申請人に対し申し入れていた団体交渉が拒否されたとして、組合の執行部のメンバーが、近畿運輸局および労働基準監督署へ被申請人の過去の違法行為について請願行動に出向いた。

<7> 平成二年一月二六日申請外社長は、「特に自交総連の労組員は道路交通法は勿論軽犯罪法に至るまで特に注意して対処し厳重処分の対象にならないよう注意して戴きたい。東豊労組以外の職員に対して会社は、減益による当然の結果生ずる従業員の所得の減少を押しつけるわけにはいかないので、経営陣としてはその他の事業部門による収益の獲得に大半の努力を費やすことになると予想される。」等と記載した「社告(1)」と題する書面を被申請人の南、北各営業者(ママ)内に掲示した。

<8> 平成二年一月三一日申請外社長は、組合執行委員長中田郁夫宛、「貴組合が近畿運輸局等に暴露した一連の違法行為と称するものについて、会社側はそれが事実であると判定された場合は潔くその非を認め如何なる処分も甘受する方針であることは既に告知しているが、この事をもって貴組合がすべての法、規約等を最も厳重に且つシビヤーに運用することを望んでいると解釈する。よって道路交通法、道路運送法、軽犯罪法、就業規則等等厳重に守り、いささかも違反のないように心がけることを再度通知する。会社側は就業規則を貴組合員が望むとおり最も厳重に適用することになるので、細心の注意をもって勤務し厳重処分を受けないことを希望する。」旨の文書を被申請人の南、北各営業者(ママ)に掲示した。

<9> 平成二年二月四日、申請人は、「平成二年二月一二日をもって就業規則第一三条に該当しますので通知します。」旨記載された同月一日付「通知書」と題する書面を受け取った。

(二) 労働慣行の成立の有無

労働慣行が成立していると認められるためには、長期間の同一事実ないし行為の反復継続及び反復継続されている事実・行為が就業規則制定権者及び労働者双方の規範意識に支えられていることが必要であると解されるところ、前記(一)において認定した事実関係(以下「前記(一)事実関係」という)のうち、とりわけ、被申請人は、少なくとも最近五年余りの間、前記就業規則の規定にもかかわらず、従業員が満五五歳を迎えても原則として満五六歳あるいはその前日まで正社員の身分を容認していたことが認められるものの、他方において一切の例外が無かったわけではないこと、また申請外社長は、労使間の交渉の場において原則として満五六歳の前日まで正社員の身分を容認していたことは既得権であるという趣旨の発言をなしてはいるものの、就業規則上の定年を何ら例外なく一年延長することまで意識していたとはいえないことによれば、結局のところ、就業規則上定められた定年を例外なく一年間延長する労働慣行が成立しているとまで認めるに足りる疎明資料は存しないと言わざるを得ない。

しかしながら、前記(一)事実関係によれば、被申請人は、従業員が満五五歳の定年を迎えた場合、当該従業員が希望する限りにおいては原則として、満五六歳の前日まで当該従業員について引続き正社員として勤務することを容認する慣行が成立していると一応認めることができる。

(三) 本件解雇の正当性

被申請人は、第二の二の4に記載する顧客からの苦情があったことを理由に申請人を就業規則の規定どおり満五五歳で定年解雇した旨主張するところであるが、仮に被申請人主張の各事実が認められるとしても、申請人についての顧客からの苦情は昭和五九年一〇月から平成元年一〇月までの五年間で七件にとどまり、(疎明略)によれば、申請人が少なくとも月平均四四〇〇キロメートルを越える距離を走行し、かつ宿泊を伴う勤務を月平均五回以上(年に換算すると六六件)こなしていること(なお、平成二年二月一三日以降、申請人は被申請人から就労を拒否されており、この事情がなければ平均値はさらに高くなるものと思われる)等の事実が認められ、これらによれば、一年で一件強の苦情というのは決して多い数ではなく、また、その苦情の内容自体もさほど重大であるとはいえないこと。

更に、(疎明略)によれば、申請人は平成元年一一月から平成二年二月までの給与期間中、無事故手当を毎月満額受給しており、この点からいっても申請人の運転手としての平均的資質、能力を疑うに足りる理由はないと認められること。

以上に加えて、前記(一)事実関係のうち、とりわけ本件解雇通知がなされた時期は、組合が、自交総連に加盟し、また労働基準監督署、近畿運輸局へ請願行動にでたこと等によって、労使間に甚だしい摩擦が生じていた時期であったこと、申請外社長は、労使間の協議会等の場でしばしば組合を嫌悪する発言をなしていたこと。

更にまた、本件解雇通知をなした前後において、被申請人申請人間ないしは被申請人組合間において本件解雇についてしばしば話題にされたにもかかわらず、被申請人が、前述の顧客からの苦情に関する事実について言及していたということを示す疎明資料は全く存在しないものであること。

これらを総合すると、被申請人の申請人に対する本件解雇は、申請人が従来から顧客に苦情を受けることが多かった等同人の勤務ぶりに問題があったことを理由とするものではなく、同人が組合役員であることを嫌悪してなされた疑いが極めて強いと認められる。

したがって、被申請人の申請人に対する本件解雇は、その裁量を誤ったものであって解雇権の濫用により無効であり、申請人は満五六歳を迎える前日である平成二年一二月三一日までは被申請人の従業員たる地位を有するものと一応認められる。なお、平成三年一月一日以降申請人が、被申請人の従業員であることの疎明はない。

3  賃金請求権

(疎明略)によれば、被申請人では、前月二一日から当月二〇日までを賃金締切期間とし、毎月二四日にその期間の賃金が支払われることが認められる。

ところで、解雇が無効である場合の賃金額は、特段の事情がない限り解雇前三カ月間の平均賃金を基礎として計算するのが相当であるところ、本件疎明資料によれば、申請人は被申請人より平成二年二月一二日をもって解雇する旨の通知を受け、翌日以降就労を拒否されているため同月の賃金については通常の賃金より著しく低額となっていることが認められる。そこで本件においては、平成元年一一月、同年一二月、平成二年一月の給与の総支給額の平均である金三八万六四〇七円をもって申請人の被申請人に対する一カ月の賃金額とするのが相当である。

なお、(疎明略)によれば、申請人は、平成二年二月一三日から同月二〇日までの支給されるべき賃金については、金七万二七七一円である旨主張しているので、当該期間の賃金については、金七万二七七一円であると一応認められる。

以上によれば、申請人は被申請人に対し、<1>平成二年二月一三日から平成二年二月二〇日までの賃金として、平成二年二月二四日限り、金七万二七七一円、<2>平成二年二月二一日から同年一二月二〇日までの賃金として、毎月二四日限り、一カ月金三八万六四〇七円、<3>平成二年一二月二一日から同月三一日までの賃金としては、前記月額金について一カ月を三〇日とする日割り計算によるのが相当であるので、平成三年一月二四日限り、金一四万一六八二円の金員をそれぞれ請求する権利を有するものと一応認められる。

二  保全の必要性

本件疎明資料によれば、申請人は被申請人から支払われる賃金によって妻、中学生の子供一人の生活を維持し、母親の生活を援助してきたものであり、また、独立して生計を維持してきた次男についても平成二年三月一八日同人が交通事故を起こしたため、この治療費および生活費も負担しなければならなくなったこと、申請人は、平成二年四月七日より失業保険の給付(一カ月二〇万円程度)を受け、不足分は組合から金員を借り入れたりして当面の生活を維持していること等の事情があって、これ以上の期間賃金が支払われなければ生活することができず、著しい損害を被るおそれがあると一応認められる。また、本件解雇によって、健康保険が社会保険から国民健康保険に切り替わることになり、ほぼ倍額の保険料を負担することを余儀なくされ、申請人の生計を著しく圧迫するおそれがあり、申請人に従来どおりの健康保険等を利用させるために、申請人に被申請人の従業員たる地位を定める必要性も一応認められるところである。

また、本件疎明資料によれば、被申請人は、平成二年二月一二日をもって申請人を解雇したとして、同月一三日以降の就労を拒否していること、退職金名目で申請人の銀行口座に金四三万六四二〇円を振り込んでいること、これに対し申請人は、当該金員を退職金として受領することは拒否したものの、平成二年二月分の未払い賃金七万二七七一円および同三月分の賃金三八万六四〇七円の一部に充当する旨の意思表示をなしていることが一応認められる。

以上の事実関係によれば、本件においては、申請人が、被申請人に対し平成二年一二月三一日までの間、被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定めることと、平成二年二月二一日から平成二年六月二〇日までの賃金として、合計金一一八万一九七九円および平成二年六月二一日から平成二年一二月三一日までの賃金として、一カ月金三八万六四〇七円の割合による金員を平成二年七月二四日を初めとして毎月二四日限り、仮に支払うことを求める範囲において、保全の必要性があると認めることができる。

なお、賃金の仮払いについては、申請人が本案訴訟の第一審で勝訴すれば、仮執行宣言を得ることによって同様の目的を達することができるのであるから、それ以後の必要性はなくなることになるので、平成二年一二月三一日までに第一審の本案判決の言渡しがあれば、その日までとする。

三  結論

よって、申請人の本件仮処分申請は、申請人が平成二年一二月三一日まで被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定め、主文二項、三項記載の金員の仮払いを求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は、被保全権利および保全の必要性の疎明がなく、しかもこの疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではないので、これを却下することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、被申請人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡邊雅道)

当事者目録

申請人 坂正治

右訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 横山精一

同 雪田樹里

同 峯本耕治

同 三嶋周治

被申請人 東豊観光株式会社

右代表者代表取締役 山田安章

右訴訟代理人弁護士 益田哲生

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